THE BLUE NOWHERE 青い虚空

新刊ではないですが、ボーン・コレクターでおなじみのジェフリー・ディーヴァーの2001年に書かれたミステリ。

青い虚空/ジェフリー・ディヴァー
青い虚空/ジェフリー・ディヴァー

THE BLUE NOWHERE 青い虚空/ジェフリー・ディーヴァー(著)土屋昇(翻訳)

本を読む。人それぞれいろいろなシチュエーションがあるだろう。そのときに合わせて読む本も違ってくる。お風呂の中、就寝前のベッドの中、机に座って、病院の待ち時間。

ジェフリー・ディヴァーといえば、まず「ボーン・コレクター」という映画が思い出されるのではないだろうか。

デンゼル・ワシントンとアンジェリーナ・ジョリーが、リンカーン・ライムとアメリア・サックスを演じている。ジェフリー・ディーヴァー自体はこの映画版は若干お気に召してないらしい。リメイクされるという噂もある。

青い虚空だが、書かれたのは2001年だということを念頭においておかなくてはいけない。まだまだダイアルアップ接続が息づいていて、無線LANも高速通信もiPhoneもない時代。

ハッカーが殺人事件をおこし、主人公のハッカーが警察と追い詰めていくというミステリ。

ハッカーといえば悪い奴というイメージがあるが、説明によると「ハッカーと呼ばれる人たちは電話会社や、自ら難攻不落だと自慢している企業や国の最高機関など、セキュリティが強固だといわれているところをハックすること自体が目的で、データを盗んだり、書き換えたりしない。要は自分の腕試しということ。それをただ楽しむものと、中には自分がハックした企業などに脆弱性を指摘して高額な報酬をもらうものもいる」とのこと。

データを盗んだり、情報操作をしたりするハッカーのことは「クラッカー」と呼んで蔑視している。

簡単な内容

凄腕の天才ハッカーのふたりは、ブルー・ノーウェア(主人公がつけたコンピューターの中の仮想空間を呼ぶ造語)の中で、ある一定期間、一緒に腕試しのハッキングを繰り返し仲間だった時期もある。もちろん現実世界ではお互いの顔も素性もなにも知らない。

一人は仮想空間ゲームをリアル空間に延長させ、人間をゲームのキャラクターに置き換え、実際に殺し”高得点を稼ぐ”ゲームを始めてしまう。もう片方は、国防総省のソフトウェアをクラックしたという(証拠はないし、何かを盗んだわけでもなく、書き換えたわけでもない。キーボードで武装すると危険という理由で)収監されている。

ジェフリー・ディーヴァーの作風は、主人公以外の人間描写も細かく、テロップも考察され、リサーチにも余念がない。この作品でも、マシンの歴史やプログラムの説明、シリコン・ヴァレーの成立ち、WEBに対する利便性と将来懸念される問題などがうまく取り入れられて興味深い。

虚空の世界と現実の世界との重なるようで重ならない、重ならないようで重なってしまう危うさを、コンピュータという無機質は箱をほとんど主役級にすえて書いているところも面白い。生身の人間の描写や生活もいつものジェフリー・ディヴァーより淡々と描いているのも功をそうしている。それでも、目の前で映画が展開しているくらい、はっきりと登場人物をビジュアル化できる。

これから読む方のために内容はこのくらいにして、お話のなかで面白と思ったところを勝手にひとつふたつ。

「黄色い胼胝」

読むスピードがちょっと早い私は、作中にある漢字のルビを読み飛ばしてしまう。英語の本を読むときなども、とても大切と思われない(作者にはそんなところ一つもないので、申し訳ないが)知らない名詞などは、文脈の流れで想像して読んでいく。でないと、流れが悪いっていうか、臨場感がなくなる感じが嫌だからだ。

ほっておけない単語だった「胼胝」読める人も多いのだろう。恥ずかしながらわたしは初めて見た。たこ、タコ。そうあのタコ・魚の目の胼胝。文脈からだったら「指先の黄色いたこ」という訳でもわかる。でもその「たこ」が漢字の「胼胝」だったから、妙に気になって読み飛ばし癖があるわたしにはありがたい結果となった。物語のクライマックスで重要な鍵になるからだ。ありがとう土屋昇さん。

「ワイヤレス・モデム」

主人公は収監されたとき結婚していた。奥さんは保釈金や諸々で家も財産もなくした。そこで、主人公は収監されている独房で手に入るウォークマンやラジオの部品で基板を作り上げる。それを「弁護士を探して、これをどこかの会社に売ってお金に換えてくれ」と彼女に渡す。収監されている独房で GPSを使ったラップトップ用新型ワイヤレス・モデムの基板を作る。2001年の段階でそのくだりが入っているところが、いいじゃないですか。「これからは、どんな場所でも屋外でも、オンラインできる時代がくる」と。

就寝前病院の待ち時間がオススメです。

断っておきますがプログラマーやその道のプロの方々に「こんなの専門的じゃないし子供だましだ」って言われても困ります。2001年に書かれた「エンターテイメント」ですから。そんな人たちは逆に言わないか、エンターテイメントだってわかるもんね。

蛇足

今、この本が面白いと思ったのは、だれでもコンピュータを表面上使いこなしているし、色々なマシンや呼び方があって”コンピュータ”という単語すらもあんまり聞かないような気がするし、ただの電気信号が起こす奇跡を、奇跡だと感じる人も少なくなっているような気がするからである。

お気に入りの抜粋

やがてジレットはブラインドでキーを1つ押した。”d ” 彼のプログラムを動かすコマンドライン、detectiveの最初の文字である。ブルーノーウェアの中では、時間は人がリアル・ワールドで認識するものとはかけ離れていて、ワイアット・ジレットがキーを押した1000分の1秒後にはこんな事が起きていた。”d” というキーの下にある回路の電圧がごくわずかに変化する。キーボード・プロセッサが電流の変化を感知して、コンピュータ本体に割り込みのシグナルを送信すると、コンピュータはたちまち現在実行中の何十というタスクを、スタックとして知られる格納エリアに送り、キーボードから流れてくるコードのために優先のルートを造る。”d” という文字に対するコードはキーボード・プロセッサに指示され、この高速ルートを通ってコンピュータの基本入力システムに運ばれ、BIOSはワイアット・ジレットが  ”d” のキーと一緒にシフト、コントロール、あるいはオルトキーと押したかどうかをチエックする。押していない事が確認されると、BIOSは小文字の  ”d” にあたるキーボード・コードを、また別のASCIIコードに書き換え、それがコンピュータのグラフィック・アダプタに送られる。次にアダプタがコードをデジタル信号に変換して、モニター後部にある電子銃に転送する。電子銃はスクリーンのケミカル・コーティングに向けてエネルギーを放つ。すると黒い画面に白い  ”d” の文字が、奇跡のように燃え上がる。これらすべてが実行されるのに1秒の1000分の1。

THE BLUE NOWHERE 青い虚空/ジェフリー・ディーヴァー(著)土屋昇(翻訳)より引用

抜粋の文章では興味がわかなかった人へ

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